「家、ついて行ってイイですか?」における自己開示について

最近よく見るテレビ番組は「家、ついて行ってイイですか?」

最近、妻が育休中で家にいることが多くなり、録画機能のあるテレビがほしいということで50型のテレビを買った。

一人暮らしのときはテレビを置いていなかった。妻と住むようになり、妻の32型の古いテレビが置かれるようになった。
テレビのある暮らしを最初はちょっと煩わしく感じていたが、まあ、人はすぐに慣れる。
もちろん50インチのテレビも例外ではなく、あまりのその大きさに最初は驚いたが、慣れてくるとこれはこれで、やっぱり見やすい。

そんな中で、テレビ東京の「家ついていってイイですか?」という番組が好きで、録画してよく見ている。

どんな番組かと一応説明しておくと、「終電を迎えた深夜の駅で、道行く人に声をかけ、タクシー代を払う代わりに家についていき、家の様子とともにあなたの話を聞かせてほしいとお願いする素人が主役の番組」である。

Youは何しに日本へ?」や「世界!ニッポン行きたい人応援団」など、テレビ東京では素人がフォーカスされる番組をよく見かけるが、その代表例と言っていい番組だろう。
そういえば、最近のテレビは素人が主役の番組がおもしろい。
激レアさんを連れてきた。」なんかも本当におもしろい。

「家、ついて行ってイイですか?」の魅力について

さて番組に話を戻すのだが、無事にオッケーを頂くとタクシーに乗って家についていくことになる。だいたいは深夜12時を回り、夜が更けているのが映像からもわかる。

多少部屋を掃除する時間はとるようだが、いきなりカメラがついてくることになったため、部屋は丁寧な掃除もされていない。おそらく出かけたときと、ほとんど変わっていない部屋なのだろう。カメラを向けられながら、目に映る身の回りの荷物を片づけていく人も多い。

そんな中でディレクターは家の中から気になったものを片っ端から質問していく。
これ、なんですか?
机の上に無造作に置かれている紙を見ては質問し、冷蔵庫の中を空けさせてもらったり、ディスプレイされている写真について尋ねていく。

なんの変哲もない中年の家だなあと思ってVTRを見ていると、ディレクターの質問からふいに衝撃的な言葉がでてくるときがある。

去年、娘が亡くなったんですよ

その内容は本当に様々だが、ふいにその人のもつ背景が浮かんでくる瞬間がある。この人は予めキャストされていた人なのかと疑いたくなるくらい、びっくりするようなドラマ性をもった話がぽつりと語られて、番組に引き込まれていく。時に僕の頬に涙が流れる場合もある。

参照:テレ東プラス(https://www.tv-tokyo.co.jp/plus/entertainment/entry/2018/016560.html)

その日、たまたま出会った人についていったら、部屋の中にはその人の今をつくる背景があった。ぽつりぽつりと、その背景を語っていく姿を見て、ああ、人の一生はなんとドラマ性に飛んでいるんだと実感する。

ただ、この番組。
どうして、その日初めて出会ったテレビディレクターに、こんな赤裸々な自己開示をするのだろうと不思議になることがある。

想像してみてほしい。
あなたが初めて会った人に、去年娘が亡くなったことを話すだろうか
15年間マスクをとった姿を人に見せていないという状況で、カメラの前でマスクをとるだろうか
子どもにDVをしていたと話せるだろうか。

思いもよらなかったことが話されることがこの番組の魅力なのだが、ディレクターはよくこんな話を引き出せたものだなと感心しながら見ることがある。
自分のこととして置き換えてみてほしいのだが、まず初対面の人に自分のデリケートな部分を話すことはしないだろう。

では、なぜ彼らは自己開示するのだろうか?
私はこう考える。
きっと、この特別な環境が人を自己開示させる要因のひとつなのだろうと。

自己開示できる環境は、焚き火であり、旅先の宿である

深夜、テレビ番組のスタッフが、自分の家にくる。
その中で、自分の背景にまつわる質問を次々と受ける。
きっと日常を生きてると、ここまでグイグイと質問を受ける機会はないだろう。
今まで誰かと共有したかったモヤモヤや、自分だけで閉ざしていた思いを、開放してみてもいいかもしれない。

日常とは異なる環境が、自分の心を開示させる。そう仮説する。

内なる自分を見つけさせ、目標達成を促進させることを目的の一つとする「コーチング」をしている友人が、自分にとって一番自己開放する時に適している環境は、焚き火をしているときだと言っていた。
そうした非日常感に身を置くことで、それぞれの自分の内なる思いを語り合いやすいという。

ああ、なるほど。
旅人たちが、宿で出会った日の夜に似ているなと思った。

普段だったら話さないようなことを、いつもと異なる環境で、その日たまたま出会った人に、まるで昔からの知り合いだったかのように、内なる思いをポロっと話した経験がある。

自分の弱さだったり、コンプレックスだったり、影となる部分を開示するには勇気が必要だが、それ以上に環境が必要なんだと思う。
この番組の環境は、焚き火や旅先での宿と似ているんだろうなと想像した。

 

マスクを15年間とっていない。
怪我をして諦めていた夢をもう一度目指そうか迷っている
自分のしてしまった過ちを背負って生きている

吐き出す言葉は本当に様々だが、それぞれがその日初めて出会ったディレクターに、カメラを向けられ、内なる思いを語る姿はとても引き込まれる。
そこには嘘偽りを感じないし、ようやく言えたというような安心感さえ感じる。

いい番組だなと思う。

大人になって、自己開示をできる場面はどんどん減ってきている。
そもそも誰かと二人で会うことも少なくなってきているし、深い話を共有できるような関係性も減ってきているように思う。

だれかと深い部分で話がしたい。
この番組を見ていると、いつもそう思う。

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