268グラムの男の子が退院したというニュースに感じたこと

私は娘に対して必ず続けようと決めた習慣があって、そのことを以前ブログに書いた。
わたしが産まれたての娘にしてあげたい、たった1つのこと

毎日一枚写真を撮ること。
その写真をいつか娘が見たときに、「ああ私は愛されて育ったんだ」と実感することができて、その事実がいつか娘がなにかに悩んだときを助けてくれると思って続けている。

1645グラムで産まれた娘はもうすぐ7が月になろうとしていて、現在は7500グラムになった。
写真を見比べると、頬はぷっくらと膨らみ、前髪は長くなり、目が大きく開くようになってきた。写真を並べるとおもしろい。

268グラムで産まれた赤ちゃんが無事に退院した

先日、268グラムで産まれた赤ちゃんが無事に退院したというニュースがあった。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190226/k10011829131000.html

本当によかった。
医学の力や、小児科医のありがたさ、看護師の配慮に心から尊敬する。

子どもが無事に退院すると決まったとき、両親がどんなに安堵し、喜んだか。
以前よりも、そんな視点から背景を想像することができるようになった。

 

ちょっと話は逸れるが、娘の主治医だった小児科の先生が、来月退職されるそうだ。

娘は産まれてからすぐNICUに3週間ほど入っていたため、私たち家族は医師や看護師さんと接する機会が多かった。
先生は小さく生まれた娘を本当に丁寧に診てくださった。
看護師さんも、最初はピリっとした雰囲気がある人が多い印象だったが、私たちが一日に何度も授乳のためにNICUに通っているうちに、気軽に声をかけてくださるようになり、いい意味で雑に扱ってくれた。

温かい対応、丁寧な説明、娘への的確な処置。
私たちは娘を安心して病院に任せることができた。

私たち夫婦は先生や看護師さんのことが大好きで、娘が退院するときは一緒に家に帰れる喜びとともに、若干の寂しさを感じたものだった。

268グラムで産まれた赤ちゃんの背景を想像する

24週、268グラムで産まれた赤ちゃんには、当然だけど両親がいる。

他人から見ると仕方ないことなのだが、母親は自分を責めただろう。
父親は祈ることしかできない無力感とともに、すくすくと育っていく子どもに胸を撫で下ろしただろう。
医師や看護師は毎日丁寧に対応し、退院のときにはさぞや喜んだだろう。

私は娘が産まれたことで、今まで自分が持ち合わせていなかった視点をもつことができるようになった。
268グラムの男の子が退院したというニュースを見て、その子の背景を想像するようになったと言い換えてもいい。

 

男性は2歳までの我が子を心からかわいいと思うのか

15年後。
この男の子が自分の育った環境を改めて振り返り、写真を見返すとき。
それはつまり、両親に愛されて育ったと実感する瞬間でもある。
ふとインターネットを検索し、自分の報道を直接目にする姿を想像する。

少年がなにかに迷ったとしても、きっとこの写真が未来の彼を支えてくれるはずだ。

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