カメラを持つことで、私は世界をより深く見るようになる

写真作品のテーマは「旅」だけではない

僕が作品としての写真を撮るときは「旅をしているとき」のものが多い。

自分の心が反応したものを撮るわけで、旅をしているときは非日常の世界に驚くことが多く、自然とシャッターを切る回数も増える。その心の動きは日常と比べて大きく、わかりやすいこともあり、写真を撮りやすい。

だからといって近場から作品としての写真を撮れないわけではなくて、自宅の風呂場に差し込んだ光に反応したり、「ディフェンス」というテーマを決めて近所を散歩しながら撮影したりもする。

写真撮影における「路上の可能性」

しかし、旅をしている時に比べて、日常を撮影することのほうが難しいことは事実ではある。
なぜかと考えると「気づきにくい」からだと思う。

旅をするときは見るもの全てが新鮮で、食べるものや出会う人全てが日常と異なる。

驚きに満ちた光景を前に、人は写真を撮ることは割と容易い作業で、「すごいすごい」と心が反応し、パチリと写真を撮る。

では、日常から驚きを感じることはできないのかと考えると、もちろんそんなことはない。だけどちょっと難しい。

それには、ひとつの工夫が必要だと思っている。

今日は写真を撮りに行こうと決めてみること

写真を撮る」と決めて、歩くとき。
世界の解像度がグっと上がる。普段なら立ち止まらないような景色に足を止め、より深く対象を見るようになる。

花の色味、寂れた家、あるはずのない置物。

写真を撮ると決めて、カメラを持つ。たったそれだけで、いつも歩いていた道が、全く異なって見える。大げさに言うと、世界が変わる。それくらいの感覚がある。

ただのマンションが要塞に見える。
駐車場に止めてある車が、刑務所に入っているように見える。
建物が植物に侵食されていることに気がつく。

その時に初めて、いかに自分がなにも見ていなかったのかと気づく

同じ景色を見ているはずなのに、より細かく、鮮明に見えるのだ。
近所を撮影していると、そんな新鮮な驚きに出会うことがあって、それがまた楽しい。

同時に、なにかを見ようと思ったときに、際限なく発見できる自分の可能性をも感じることがある。

誰も注目していないだろう視点に気づき、足を止め、シャッターを切る。
作品を撮るための作品は、そうやって完成するように思う。

カメラを通して心の動きを撮影したい

私は驚きを撮りたいのだ。
旅を撮ることは好きなのだが、それは旅の風景を撮りたいからではなく、心の動きを撮りたいのだ。

自分がなにを見て、なにに興奮し、なにに足を止めたのか。

私はカメラを通して世界への驚きに直面する。
そんなことを感じる瞬間に出会ったとき、「写真って楽しいな」と素直に思うのだ。

花の色も、娘の表情も、建物の形も、私はなにも気づかなかった。
ただカメラを持っただけで、私はそれに気づけるのだ。

私が写真を撮ることが好きなのは、世界への驚きに直面することを感じられるからで、世界をより深く見られるからなのだと思う。

 

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