せきしろ|「1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった 」を読んで考えた

書評記事を書くことを続けてみる

このブログの読者から「たくさん本を読んでいるのでオススメの本を教えてほしい」と伝えられたことがある。

いろいろ考えた結果、読み終わった後の記憶が新しい状況の中で、記事を1本書くことを続けてみることにした。

決意してから18冊目は、せきしろさん著書「1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった」について書いてみる。

せきしろ|1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった

1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった|せきしろ


1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった

せきしろとは?
1970年生まれ、北海道出身の作家。高校卒業後、上京し深夜ラジオにハガキの投稿をするようになり、ハガキ職人としての道を歩みはじめる。その頃の自伝的小説が本書となる。又吉直樹さんや西加奈子さんとの共著がある。

お笑い芸人をするために相方とともに上京したにも関わらず、いろいろとあってラジオのハガキ職人としてハガキを投稿することを生きがいに過ごしていく毎日。いくつかの裏切りを経験し、何者にもなれない日々を過ごすことに焦る。若き日の葛藤を描いた自伝的小説。

「1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった」に書かれていた言葉を紹介する

僕は本を読んだら気になった文章をノートに書き記す習慣を、もう15年近く続けている。

15年前から私が本を読んだら必ず行っている2つの習慣

インプットの吸収率が圧倒的に上がるし、なにより目に見える形で記録されていくことが自分の自信になる。

本書から気になった文章を紹介する。

 

すると今度は新たな感情が生まれてきた。ハガキを読まれたいという思いや読まれた時の喜びは変わらないものの、「採用されなければいけない」との思いが生じそれが強くなっていったのだ。現在の地位をキープして読まれ続けたい。この居場所を失いたくない。まぐれだと思われたくない。おもしろくないと思われたくない。スランプだと思われたくない。力が落ちたと思われたくない。そのためにはハガキを出して採用されなければいけない。
それは思っていた以上に過酷なことで、何かを犠牲にしなければいけない。学校を、仕事を、そして人付き合いを。

思春期そのものを描いた表現。
「誰も君のことなんて…」と誰が言っても聞かないような自意識の強さを感じる。

 

今の私が数年前の自分を褒めたくなったように、さらに数年後の自分は今の自分を褒めることになるのだろうか。今の自分に褒められる要素などあるだろうか。しかし淡々と過ごしていた高校生の頃もまさかこうやって数年後に褒められると思っていなかったわけだから、何かしら褒められる可能性はある。

 

あまり意識して考えたことなかったけれど、これは本当にそうだと思う。
過去にも未来にも現在にもきっと褒められる点はあって、それらを振り返ったり想像したり思考しながら探っていく作業はけっこう幸せなことだと思う。

「1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった」を読んで思ったこと

自伝的小説のジャンルっておもしろい。
なにものにもなれなくて悶々としていた頃の話にはきっと共感が得られるんだと思う。

パっと思いつく限りでは村上龍の69、みうらじゅんの色即ぜねれいしょん、小林紀晴の写真学生。やっぱりこの本もよかった。
今度、「本当におすすめする自伝的小説」のまとめ記事を書いてみようと思う。

この本の評価
面白さ
(3.5)
吸収できた言葉
(3.5)
デザインの美しさ
(3.5)
総合評価
(3.5)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です