【コロナ騒動から考えた】そこにあったものが、なくなるということ

当たり前の毎日が消えたこと

コロナウイルスの騒動で、日常とは少し異なる生活を過ごしている人が多いだろう。

世界中を見渡しても数え切れないくらいの人々の日常が奪われ、日々の生活に息苦しさを感じ、不自由なく過ごしていた日々を懐かしく思っているはずだ。

遊びに行きたいと思ったら遊びに行けること、学校に行って友人と会えること、働きたいと思ったら働けること。

当たり前にあった日常は消え去り、そこにあったものはなくなった。

日常の尊さはなくなった時に気づきやすいもので、例えば病気になったときに「健康」の大切さに気づくことが多いが、健康になった途端にその尊さや貴重性は一気に下がったりする。

今回のコロナウイルス騒動で、僕たちの周囲になんとなくあった”当たり前”の日常はなくなった。

当たり前の日常を生きられなくなったことで、そういえばと思い出したエピソードが一つあった。「父の引退」だ。

 

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父が仕事を辞めることになって

数年前の話になるが、長く自営をしていた父が仕事を引退することに決めた。

代々受け継いできた家業を引き継ぎ仕事を中心に生きていた父は、家に帰ってくるとどっと疲れたように一言も話さず、母が作った料理とビールを飲んで、野球中継をぼんやりと眺めるような毎日を生きていた。

昭和を忠実に生きていたような人間で、仕事は休まず、亭主関白で、長嶋茂雄が好きだった。

幼い頃から側で働いている姿を見てきた父が、仕事を辞める。

その連絡を聞いて僕が真っ先に思ったことは、父が働く姿を写真に撮っておきたいという思いだった。
父があと数日で引退をするという日になんとか都合をつけることができたので、飛行機に乗って実家に帰省した。

当たり前に見てきた働く姿、仕事着、仕事場

その日は冬の寒い一日だった。

子どもの頃から父の働く姿を身近に見ていた中で、重責を抱えながら働いていたことはよくわかっていた。

適当な一面もあるが、人一倍生真面目な面もある父は、「●●しなければならない、●●すべき」で凝り固まった性格だ。

昭和の男らしく「仕事は最優先に行うもの」という意識が強く、休みたいのに休むこともせず、自営でありながら息苦しそうに毎日を生きていた。
もちろん、仕事に対して誠実に取り組む父の姿は尊敬できて、僕は中学生時代には将来父親の仕事に自分も就くものだと思っていた。実際はそうなれなかったけど。

そんな父親が仕事を辞めるという決断を下した。

その報告を聞いて、そこに当たり前にあったものが、なくなってしまうということについて考えた。

小さい頃から当たり前に見ていた父の働く姿。仕事着。仕事場。
それらがまるでなにもなかったかのように、なくなってしまうということ。

そう考えたときに、写真に撮らなくてはいけないと思った。
10年後、「こんな時代もあったね」と、この写真を見て笑って話せるときがくると、僕も幸せだなと思う。

それこそが写真のもつ力なんじゃないかなと思い、今この瞬間では”当たり前”の父の日常を写真に撮った。

当初、僕の視点からは父はもう少し仕事を続けたそうに見えていた。
だが、様々なことが原因となって父は地位も尊厳もお金も得られた”当たり前の日常”を手放す決断をし、引退したと同時に新しい日常を生き始めた。

引退して数年経つが、今は当時を思い出せないくらいに弛緩した表情をするようになり、よく喋るようになった。同時に、一気に老化したように見える。

アルコールの量は増えて健康は随分害しているようだが、まあ、本人は至って幸せそうだ。

きっといろいろな思いはあるだろうが、父は日常の変化を受け入れ、今を生きている。

コロナ騒動がもたらした”当たり前の日常”の変化

コロナウイルスが世界中で蔓延したことで、大切な人を失った人がいて、仕事がなくなった人がいて、子どもは学校に行けなくなった。

行きたい場所に行けず、食べたいものを食べられず、先の見えない不安とチグハグな政治に社会全体がイライラを募り始めている。
誰かを攻撃したり、誰かを出し抜いたり、行き場のない不満や苛立ちを口にしている姿をオフラインでもオンラインでも見かける。

当たり前の日常は尊い。

多くの人にとって変化は怖く、知らないものは避けたいものであり、受け入れるのに時間がかかる。
しかも今回のように自分で決断したものではなく、強制的に環境を変化させられたとなると、更に受け入れがたいだろう。

だけど、起きてしまったものは誰がどうやっても変えられない。

僕たちは今を生きていて、それは今日も明日もこれからもずっと続いていく。

新しい文化が根付き始めている。
なにかを始め、なにかに気づき、なにかを生み出して生き続けていくしかない。

あの時の父のように、日常の変化を受け入れて今を生きていくんだろうなあと、娘とおままごとをしながらぼんやりと考えた。

 

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