一家の命運を賭けた家族旅行の思い出について語ろう

家族旅行の思い出

家族旅行について、そのほとんどのことを忘れてしまった。
覚えているのは断片的な記憶だけだ。

きっとその旅行は連れられていった旅行だからだと思う。
そこに自分の意志がなく、主体的なものでなければ記憶に残りづらいのかもしれない。

そんな中でも断片的に記憶に残っているものもある。

歴史好きの父の影響でよく城跡や博物館に行ったこと。ただ、父以外は誰も興味がなくて不満を言いながら歩いていたこと。

父の運転する車が峠を登っているときに猛スピードの対向車が現れて中央線を超えてサイドミラーにぶつかり、そのまま走り去っていったこと。すぐに父が車を降りて、当て逃げしていった対向車に「バカ野郎」と叫んだこと。

北海道へスキーをしに行った時にホテルの売店に売っていたピザポテトを初めて食べて衝撃を受けて、それから3日間食べ続けたこと。すると、歯が痛み出し、そのまま旅先で歯科医院へ行ったこと。

大人になってからはそんなに頻繁に家族揃った旅行をしたわけではない中で、強く記憶に残った話がある。

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旅のエッセイ:始まりは、いつも外の世界を知ろうとすることからだった
旅のエッセイ①:旅する本に出会った奇跡的な出会いの話
旅のエッセイ②:生まれて初めて映画館で映画を見た記憶
旅のエッセイ③:人と人が繋がる場所は世界中にあったという話
旅のエッセイ④:僕が旅に出る理由
旅のエッセイ⑤:世界一周を終えて3年間旅をしなかった理由と、3年後に旅をして感じたこと
旅のエッセイ⑥:旅について考えてみた。旅に物理的な距離は必要なのか?
旅のエッセイ⑦:「また会おう」と握手した。「元気でいてね」とハグをした。
旅のエッセイ⑧:台湾と聞いて連想する「ツボとハナと夢」
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久しぶりに家族が揃った旅先は福岡・大分

僕が19歳のときに家族揃って兄が住む福岡を拠点に、大分の別府温泉へ足を伸ばした。
妹は高校生で、僕は大学生になっていたから久しぶりの家族旅行だった。

福岡で全員が集合し、兄の車で別府温泉へ向かう予定だった。
だが、不運にも旅行直前に兄が免停になってしまった。思い返せばここで旅の運命が大きく変わっていたのだろう。
仕方なく、運転嫌いの父が旅先でハンドルを握ることになった。

当時の父は、昭和の父そのもので、朝から晩までよく働いては、ビールと長嶋茂雄を生きがいのようにして暮らす無愛想な人だった。
そして、運転が嫌いだった。

車庫入れが苦手で、運転全般に余裕がなく、駐車の際にはいつも母を外に出して、指示を出してもらっていた。
そしてその指示に対していつも不機嫌な対応をとるような人だった。今だったらきっと女性から総スカンを食らっていただろう。

僕は小さな頃からその光景を当たり前のように眺めていたが、外の世界を知っていくうちにそれがどうも当たり前ではないのだと気づくようになっていった。
世界を知るということは、きっとそういうことだ。

家族の心配を他所に、行きの運転は順調で、温泉はとても心地よく、久しぶりに家族が揃った夜はとても楽しかった。母が嬉しそうだったことをよく覚えている。

目が覚めると大雪が降っていた

翌朝。目が覚めると大雪が降っていた。
大雪が降るなんて、誰も把握していなかった。

車はもちろんノーマルタイヤで、泊まった場所は山間にある宿だった。
年末のため、宿は満室で延泊できそうにない。
そんな条件が重なって、車で無事に福岡へ帰れるのだろうかと不安になってきた。
チラチラと降っている雪ではなく、大雪である。

どうにか宿からチェーンだけは調達できたこともあり、家族会議の末に福岡へ戻ろうという話になった。
とはいえ、大雪で山間部である。チェーンも充分な強度があるものなのかも怪しいし、運転技術が必要なことは間違いない。
最悪、家族揃って大事故を起こしてしまうことも考えられるような状況だ。

さて、誰が運転するのか。

みんながそう思っていた時に1人の野太い声が聞こえた。

一家の命運をかけて、私が運転します

父がこうつぶやいた。

父さん、かっこいい…。

雪の積もった悪天候のコンディションを、運転嫌いな自分が、一家の命運をかけて自ら運転すると宣言した。

父とは、こういう存在のことを言うのだろう。
その勇敢な立候補に家族は納得し、応援し、信じた。

一家の命運を賭けた運転の結末

10分後。
チェーンを装着した車は、雪道を出発した。

そして、宿からたった200メートルほどしか進んでいない上り坂の途中で、アクセルを必要以上にふかしすぎた車は、あっけなくチェーンが切れ、その場に立ち往生した。

一家の命運をかけた運転は、たった2分で終了した。

10分前の、あの父の勇姿を思い出して、父を除く家族がそろって笑っている光景は、ひどく滑稽で、同時に美しかった。
絶望的な状況でありながら、父の言葉がジワジワと蘇ってきて、家族中が車の中で笑っていた。

それは家族で過ごした多くの時間の中でも、とても思い出深い時間だ。

家族旅行を思い出すときに、僕はそんな話を思い出す。

 

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