「また会おう」と握手した。「元気でいてね」とハグをした。

握手やハグの魅力

1年半ほど世界をフラフラと旅したことがある。

その旅では、日本で暮らしているだけでは気付きにくかった不思議な体験をした。
印象的な出会いもたくさんあった。

 

長い旅をしている時から握手やハグを頻繁にするようになった

数えきれないくらいの人と出会い、ひと時の時間を一緒に過ごし、握手やハグをして別れる。世界のどこかでもう一度出会えたときには、再会の喜びを共有するように握手をする。

そんな瞬間が好きで、自ら手を差し出し、ギュっと手を握り、また会おうと伝えてきた。

握手やハグをすることで、なんだか相手との距離がグっと縮まった感覚になったり、別れの瞬間でありながら再会の瞬間がきっとあるんだろうなと意識できた。

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旅のエッセイ:始まりは、いつも外の世界を知ろうとすることからだった
旅のエッセイ①:旅する本に出会った奇跡的な出会いの話
旅のエッセイ②:生まれて初めて映画館で映画を見た記憶
旅のエッセイ③:人と人が繋がる場所は世界中にあったという話
旅のエッセイ④:僕が旅に出る理由
旅のエッセイ⑤:世界一周を終えて3年間旅をしなかった理由と、3年後に旅をして感じたこと
旅のエッセイ⑥:旅について考えてみた。旅に物理的な距離は必要なのか?
旅のエッセイ⑦:「また会おう」と握手した。「元気でいてね」とハグをした。
旅のエッセイ⑧:台湾と聞いて連想する「ツボとハナと夢」
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ここまで書いておいてなんだが、そういえば最近は握手やハグをしていないような気がする。

会いたい人に再び会えたとき。
いつかまた会えると想像し、手を差し出そうと思う。

思い出に残っている握手

握手について、強く思い出に残っている話がある。

僕は高校卒業からずっと実家から離れて暮らしている。
両親と会うのは年に数回なのだが、帰省するときや家を発つときには、両親は僕に手を差し伸ばし、握手を求めてくる

不思議な習慣の多い我が家で、数少ない好きな習慣の一つだ。

 

僕は26歳のときに仕事を辞めて長い旅に出た。
いつ帰国するのかも、これからなにが起こるかもわからない中で、出発前に実家に行って挨拶をすませてから旅立とうと数日間実家にお邪魔した。

出発当日。
実家の最寄駅から出発する夜行バスに乗って神戸に行き、そこから船で中国の天津へ行くことになっていた。

そのとき。
まさに今から出発する段階になって、酔っ払った父親が風呂に入り始めた。

イヤな予感はしていたが、僕の出発時刻を考えるわけでもなく、マイペースな父親は風呂から出てこない。

「じゃあ、いってくるよ」
仕方なく、僕は風呂の外から父親にそう呼びかけた。

「おお」
父親は風呂の扉をあけて、次にいつ会うことになるのかもわからない息子に握手を求めてきた。

当然風呂に入っていた父親は、裸でずぶ濡れ姿のまま。

旅に出ている間、現地の人々や旅人たちと数限りない握手を交わしてきたけれど、裸はもちろん、あんなにずぶ濡れの人と握手を交わしたのは最初で最後だった。

父の握手、母のハグ

握手やハグにまつわる話はもう少しあって、今回の「父の握手」に対するように、「母のハグ」の話がある。
またいつか書きたい。

こんなことを書いていたら最近、握手やハグをしなくなってきた。
最近は長く日本で定住していることもあり、また会えるのだろうと高をくくって別れをおざなりにしているのかもしれない。

いつかまた会おう。
今度友人に会ったときには手を差し出し、ギュっと相手の手を握ろう。

 

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