僕が旅に出る理由

「旅が好きなんですね」という言葉への違和感

1年半ほど旅をしたという話になると「旅が好きなんですね」と言われることがある。
「ええ、まあ」と適当に相槌を打つのだが、果たして僕は旅が好きなのだろうか。
どうにもピンとこないというのが素直な感想だ。

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旅のエッセイ:始まりは、いつも外の世界を知ろうとすることからだった
旅のエッセイ①:旅する本に出会った奇跡的な出会いの話
旅のエッセイ②:生まれて初めて映画館で映画を見た記憶
旅のエッセイ③:人と人が繋がる場所は世界中にあったという話
旅のエッセイ④:僕が旅に出る理由
旅のエッセイ⑤:世界一周を終えて3年間旅をしなかった理由と、3年後に旅をして感じたこと
旅のエッセイ⑥:旅について考えてみた。旅に物理的な距離は必要なのか?
旅のエッセイ⑦:「また会おう」と握手した。「元気でいてね」とハグをした。
旅のエッセイ⑧:台湾と聞いて連想する「ツボとハナと夢」
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旅の前日夜に感じること

旅の前はいつも憂鬱になる。
旅に出ることで日常に比べて精神的にも肉体的にも過酷な環境に身をおくことがわかっているからだ。

狭い飛行機に何時間も乗ることを想像しただけで気分が滅入る。
無事に現地の空港へ着いたと思えば、わけのわからない客引きに混乱させられながら、疲れた頭をフル回転することになる。頭も体も非常に消耗することが目に浮かぶ。

ようやく現地に着いたかと思えば体幹トレーニングになるようなガタガタと揺れるバスに乗ることもあるだろうし、水分を吸い過ぎてふにゃふにゃになった麺を食べなければいけないこともある。
山を登れば寒い夜を何度も過ごし、お腹を壊しながらもハアハアと息を荒げ、特になにがあるわけでもない頂を目指して歩き続けることになる。

早く帰ってベッドに寝転がりながらパソコンを開き、なにも考えずに過ごしていたいという欲求がわいてくる。
心が楽なことを求めていく。

暖かい部屋、肌触りのよい毛布、おいしい食事。
こんな幸せな空間から外へ出る理由なんてどこにあるのだろう、といつも考える。

旅に出たいという欲求の根源

それでも、旅に出たいという欲求が生まれてくるのは、やはり自分が見たことのない景色や暮らしや人々を、自分の肌で感じたいからなのだろう。

寒くて息苦しい山の上から見る景色は美しいだろうな、自分が見たこともない暮らしや文化を目の当たりにするとびっくりするだろうな。
まだ見ぬ世界が驚き溢れる世界であることも同じくらいわかっている。だから僕は旅に出るのだろう。

憂鬱な時間があったとしても、自分がまだ見たことのない世界に出会うことができる。

それに触れた瞬間の喜びは、全てをチャラにするとまでは言わないけれど、また旅に行こうと思うには充分な感動がある。

憂鬱な前日の夜を乗り越えて、僕はまた旅に出る。

 

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