世界一周を終えて3年間旅をしなかった理由と、3年後に旅をして感じたこと

ラダックを旅した背景

今から4年前。
インドのラダック地方へ旅に出かけたのは、世界一周を終えてから3年ぶりの海外旅であった。

長い旅行を終えた後は短期で海外へ行くことを億劫に感じ、なかなか旅をしようと思えなかった。

“たった”2週間の旅。
長期旅行中は移動の連続のために10時間の飛行機移動なんて全く苦にならなかったが、そのことを想像しただけで足が遠のいた。
仕事の休みを全て使って旅をするのも、日本からだと高く感じる航空券代金も、旅に出る意志を削がれる原因だった。

そんな時に旅に出ようと思えたきっかけは、「写真」だった。

世界一周のときには行けなかった場所。だけど、ずっと気になっていた場所。
写真に撮りたい世界だとずっと思っていた場所。
山を登りながら、自分の感じるままに写真を撮りたい。

そう決意し、ラダックへ出発した。

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旅のエッセイ:始まりは、いつも外の世界を知ろうとすることからだった
旅のエッセイ①:旅する本に出会った奇跡的な出会いの話
旅のエッセイ②:生まれて初めて映画館で映画を見た記憶
旅のエッセイ③:人と人が繋がる場所は世界中にあったという話
旅のエッセイ④:僕が旅に出る理由
旅のエッセイ⑤:世界一周を終えて3年間旅をしなかった理由と、3年後に旅をして感じたこと
旅のエッセイ⑥:旅について考えてみた。旅に物理的な距離は必要なのか?
旅のエッセイ⑦:「また会おう」と握手した。「元気でいてね」とハグをした。
旅のエッセイ⑧:台湾と聞いて連想する「ツボとハナと夢」
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ラダックで感じたこと

標高3500メートルに位置するラダックの中心都市「レー」。
空気が薄く、乾いている。日中は太陽が強く照りつけ、夜になると気温がグっと下がる。

そんな町を歩いていると、自分が視覚のみで異世界を捉えているわけではないということに気づいた。

 

小便くさい路地の臭いや、常に鳴り続けているクラクションの音。
パサパサの米の味、目が痛くなるほどの強い太陽。

五感を通して次々と異世界にいるということを実感させられる。
そんな時、普段は当たり前に存在することで気づかなくなっていた感覚が、突如目を覚ます。

乾燥した岩肌の大地を車で数時間走った。
まるで月の世界であるかのように、人が住むことを選ばない圧倒的に乾いた大地が世界にはたくさんある。

そんな地域を数時間走ると、ふと緑溢れる山々と川が見えてくる。
その土地には家があり、馬や牛がいて、暮らしがある。いわゆるオアシスだ。

これがなんとも心に染みる。

人を寄せ付けない地域から突然姿を現す自然美。
ああ、緑ってこんなにも美しかったんだと実感することができる。

 
普段は当たり前にあるはずの緑や草花。
緑がなかった場所に、突然緑が現れた瞬間。そのなんともいえない安心感。

日本を歩いていると、小便くさい道も、クラクションに鳴らされ続けることも、パサパサの米を食べることも、全くない。

だが、世界のどこかでは、それが当たり前として存在する。
そんな感覚を感じさせてくれるのは、旅の大きな魅力だ。

ここだけが正解ではなく、ここだけが世界でもない。
「ああ、僕は旅をしているな」
そんな瞬間が、ラダックにはあった。

 
旅から離れたことで、旅の魅力をもう一度感じられた場所。
ラダックは、僕にとってそんな場所だ。

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