NASAが定める家族の定義がおもしろい

写真家の幡野広志さんの写真と文章が興味深く、展示会に行ったり、本を買って読んでいる。

ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。」は、家族について書かれていて、とても共感する文章が多かった。

特に夫婦と両親との関係を「自分の意志で選ぶ」ことについて書かれていた内容が、自分の考えとぴったりとハマっていて、自分の思考が言語化されたような感覚をもった。

NASAの考える家族の定義とは?

さて、「ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。」の中でおもしろい記述があったので紹介する。
NASAにおける家族の定義の話だ。

NASAには家族支援プログラムという制度があって、宇宙への出発前から地球への帰還まで家族をサポートしてくれる。
その中で、NASAではサポートする家族について、大きく2つに分類している。

1つは「直径家族
もう1つは「拡大家族

たとえばシャトルの打ち上げ時は「直径家族」と「拡大家族」の両方とも招待されるが、シャトルに問題が発生した場合にNASAからは「直径家族」にしか連絡がいかない。シャトルとの交信も「直径家族」が優先される。

飛行士が宇宙へ出発するときや、生命の危機に直面したときに同じ家族の中でも「優先して対応される家族」が明確に定義付けされているわけだ。

さて、そうなった時に最優先される自分にとって一番近しい「直径家族」とは、誰と誰なのだろうか?

NASAが定義した直径家族とその理由

答えを最初に明かすと、NASAが定義している直径家族は3種類だけ。

①配偶者
②子ども
③子どもの配偶者

父親も、母親も、兄も、妹も、祖父も最優先される「直系家族」ではなく、拡大家族に分類される。しかも、拡大家族には「親友」も含まれているらしい。NASAにとっては、両親は親友と同類なのだ。

つまり、NASAにとっての家族とは、「親子」の単位で始まるのではなく、「夫婦」の単位で始まるものをより優先的に考えているということが言える。
血の繋がりではなく、「自分で選んだ相手」こそが、家族だという定義をしているのだ。

日本でこんな制度がつくられれば、もしかするとバッシングを浴びながらワイドショーで特集されるかもしれない。

でも、僕はこの考え方がとてもしっくりくる。

配偶者を選ぶことはできる。
「自分で選んだ」という点を大切にするところが、僕はとても好きな定義だ。

この本にはそんなことが書かれていた。

向井万起男さんが書いた「君について行こう」

もともとこの話は宇宙飛行士の向井千秋さんの夫である向井万起男さんの著書「君について行こう(上)女房は宇宙をめざす 」に書かれていた文章を引用したものらしい。

かなり昔にこの本を読んだことがある。
宇宙飛行士にまつわる話を、その夫としてどんな対応を受け、どんなサポートをし、どんな心情になったのかを独特なキャラクターの向井万起男さんが語った本だ。

ちなみに宇宙兄弟でJAXAの理事長を務めている茄子田さんは向井万起男さんがモデルになっている。

今でも僕の本棚に並べられているのだが、こんな記述があることすら忘れていた。

家族について優先順位を考えていく

僕は「ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。」を読んだときに、とてもしっくりとくる感覚を覚えた。

それは、自分の母親の顔が浮かんできたから。

僕の母親は自分のルールを唐突且つ過剰に伝えてくる人で、その意見の根拠を求めたり疑問に思うことを伝えると「あなたは昔から人の言うことを聞かない」とヒステリックに罵声を浴びせるような性格の人だ。

もちろん育ててくれた恩を感じてはいるが、親と言えど性格は全く合わないし、正直、対応にとても苦労している。

きっと母は否定するだろうが、僕が結婚してからも、妻に対して様々な自分ルールを伝えようとしていたことがあった。

僕は母の性格を知っていたし、今までにも痛い思いをしてきていたので、「こっちの生活には干渉しないでほしい」ということを伝えた。

僕の見えないところで振り回される可能性がある人の良い妻には「母はよかれと思ってやっていることかもしれないけれど、結果としては自分本位で身勝手な言動に振り回されることになるから、関わらないようにしていくから」と伝えた。

僕は地元を離れて暮らしているため、母とは一年に数回しか会わない距離にある。
とはいえ、電話もあるし、僕がいないところで母が妻によかれと思って行動しようと思えば、いくらでもできる。

両者に対し、大切にする優先順位を明確に伝えることで、お互いの立ち位置を把握することができる。

母はそのことになにを思ったかはわからないけれど、なんと思われてもいいように思っている。

僕は妻を最優先とする家族として生きていくと選んだのだから。

家族を選びなおす

幡野広志さんの文章は、幡野さんの生活から生まれた言葉だけれど、同時に僕の物語でもあって、誰かの物語でもある。

僕が企画しているタビノコトバでも、「誰かの旅は、いつかのあなたの旅でもある」ということをテーマに作品を募集している。

よい文章とは、きっとそういう文章だ。

そんな文章を、僕も綴っていけたらいいなと思う。

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