近藤雄生|「まだ見ぬあの地へ 旅すること、書くこと、生きること」を読んで考えた

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この記事は、産業編集センターから出版された近藤雄生さんの著書「まだ見ぬあの地へ 旅すること、書くこと、生きること」について書いている記事です。

書評記事」をカテゴリーで分類していて、様々なジャンルの本を単体で紹介しています。本が好きな方はぜひ読んでみてください。

「まだ見ぬあの地へ 旅すること、書くこと、生きること」とは、どんな本?


まだ見ぬあの地へ 旅すること、書くこと、生きること (わたしの旅ブックス)

5年に及んだ旅を綴った旅行記「遊牧夫婦」や、自身が悩んだ経験から取材を続けて一冊の本にまとめた「吃音―伝えられないもどかしさ―」などの著者である近藤雄生さんの旅エッセイ。

5年に渡る旅を綴った著者の本「遊牧夫婦」を本人が読み返し、過去の旅と今の生活を交差させながら綴ったエッセイ。
旅をしていた頃と今の生活がどこかで繋がっていると感じさせてくれる一冊です。

本の言葉と、自分の旅と、今の生活がリンクした瞬間が幾度も訪れた作品でした。



著者の近藤雄生さんとは?

近藤雄生さんとは?
1976年東京都生まれ。東京大学工学部卒業、同大学院修了。2003年、結婚直後に妻とともに日本を発ち、オーストラリア、東南アジア、中国、ユーラシア大陸で、約5年半の間、旅・定住を繰り返しながら月刊誌や週刊誌にルポルタージュなどを寄稿。大谷大学/京都造形芸術大学非常勤講師、主な著書に『遊牧夫婦』、『旅に出よう 世界にはいろんな生き方があふれている』、2019年ノンフィクション本大賞のノミネート6作品となった『吃音―伝えられないもどかしさ―』などがある。

 

5年の旅を綴った『遊牧夫婦』は、続編「中国でお尻を手術。 (遊牧夫婦、アジアを行く)」と、続々編である『終わりなき旅の終わり さらば、遊牧夫婦』が出版されている人気作家です。

また、ご自身が頭の中に伝えたい言葉ははっきりとあるのに、相手に伝える前に詰まってしまう『吃音』に悩まれたことから、80名以上に取材した『吃音―伝えられないもどかしさ―』では、2019年ノンフィクション本大賞のノミネート6作品に選出されました。

トークイベントやメディアにも出演されていて、その人柄を知ることができます。

 

また、僕がこの本を称賛したツイートをすると、リツイートとメッセージをくださる気さくな方です。

「まだ見ぬあの地へ 旅すること、書くこと、生きること」を読んで思ったこと

先ほども書きましたが、過去の長い旅と、今の日常生活をリンクさせながら、話は進んでいきます。

その中で僕が特に印象に残ったのは、イランの道端で「僕の家に来ない?」と誘われたときと、娘がお泊まり保育に行きたくなくて泣きだしたときのリンクです。

 

話としてはこんな感じ。

子どもがお泊り保育に行くことをずっと前から拒んでいた。
そうはいってもと、近藤さんや奥さんは声をかけ続けたものの、当日の朝も子どもは泣いている。
「とりあえず保育園まで行って、それでもどうしても無理なら帰ってきていいから」と声をかけ、なんとか園に連れていったものの、子どもはずっと園庭で泣いている。

保育園の先生も「連れていけば、なんとかなりますから」と声をかけてはくれたものの、このままでは「どうしても無理なら帰っていいから」という娘との約束を壊してしまう。

さて、どうしようかと考えた近藤さんは、結局子どもの意志を尊重し、お泊り保育には参加せずに連れて帰ることにした。

その時、5年間の旅をした過去の出来事がふと頭をよぎった。それは、イランの道端で声をかけてきた男性についていこうか、やめようか、迷ったときのことでした。
結局、危険なリスクは避けようと断ると、その男性はあっさりと去っていった。

そこで、こんな記述がある。

彼が去っていくのを確認しながら、僕は考えていた。
「彼についていったらどうなっていたのだろう」
あの車に乗り込んだら、思い出深い貴重な経験ができたかもしれない。あるいは本当に大変な展開になっていたかもしれない。ただ確実に言えるのは、選ばなかった道の事はいつまでもわからないと言う事だけだった。
僕はこの時のことをなぜかよく思い出します。あの車に乗り込み、夕暮れの街のどこかに消えていく自分と妻の姿を思い浮かべるのです。乗っていたらどこに行くことになったのだろう。一体どんな展開が待っていたのだろう。そう、あてもなく考えてしまいます。
いくら考えても、選ばなかった道の先に何があったかを知ることができません。だからいいんだ、と僕は思います。自分の選択が正しかったか間違っていたかなど、判断する事は決してできない。正しかったか間違っていたかを取ることにも意味はない。だからこそ、いま自分が進んでいる道をただ全力で生きていけばいいんだ、と。

 

海外の旅を経験したことがある人ならば、誰もが一度は経験したことがある体験だと思う。
着いていってトラブルにあったわけでもなく、特に印象に残るわけでもなさそうな体験ではあるが、その体験と今の子どもとの生活がリンクし、過去の旅を思い返す。

そういう贅沢を著者の近藤さんは知っているし、それを言語化することができるのは素敵だなあと思う。

この本には、こういったなにげなく過ぎていくような出来事に目を止め、過去の旅と今の生活をリンクさせたエッセイです。

著者の素直な言葉と、温かい人柄が出ているような一冊です。
とてもオススメの旅エッセイなので、ゆっくりした時間を持ちたくなったときに読んでみてほしいです。

「まだ見ぬあの地へ」に書かれていた名言・名文を紹介

僕は本を読んだら気になった文章をノートに書き記す習慣を、もう15年近く続けています。

インプットの吸収率が圧倒的に上がるし、なにより目に見える形で記録されていくことが自分の自信になる。
そんなサイクルが好きで、コツコツと本から気になったことばを集めています。

本書から気になった文章を紹介します。

旅のことを本に書いた時、そして書き終えた時、それまで無限に広がっていた旅の記憶が、本の中に書いた出来事や感情だけに限定されてしまったように感じました。
途切れなく連続的に過ぎていく時間、その中で無限に細分化できるはずの出来事の中から、ほんのいくつかの事だけを抽出して文章にする。するといつしか、描かれなかった記憶は消え去っていき、書いたことだけが日に日に鮮明さを増し、かつデフォルメされながら、自分の記憶として定着していくという具合です。
そうして、思い出せるはずの風景も出来事も、本当は無数にあったはずなのに、今や有限個の、限られたものだけになっていることに気づかされます。5年半にわたった長い旅が、いつしかわずかな断片的記憶だけによって再構築されてしまったようなのです。しかし、晴れた朝に思い出すいくつかの光景、そして空気感や匂いといった感覚は、必ずしも記憶に鮮明に残っている場面ではありません。旅をする中で少しずつ体に染みつき、自分の中をぼんやりと漂っているような感覚が、瞬間的にふと目の前に現れ、身体の中をすーっと通り抜けていくのです。

 

とても素敵な文章ですよね。

「まだ見ぬあの地へ」について、まとめ

本のジャンルとしては旅のエッセイにあたるかと思いますが、過去の旅を振り返り、今の生活とリンクさせながら綴っている点はとても面白く、共感する点が多くありました。

何気ない日常の喜びや驚きを発見できるのは人生を豊かにすると思っていて、それを5年の旅の中で感覚的に掴んだからこそ書ける文章なのかなと思います。

少しゆっくりした時間を過ごしたいという方にオススメです。ぜひ手にとって読んでみてください。

『まだ見ぬあの地へ』の評価
面白さ
(4.0)
吸収できた言葉
(4.5)
デザインの美しさ
(4.0)
総合評価
(4.0)

 

先ほども紹介しましたが、本書の関連書籍である『遊牧夫婦』は近藤夫婦の5年の旅が描かれていて、続編・続々編があります。


遊牧夫婦

 


中国でお尻を手術。 (遊牧夫婦、アジアを行く)

 


終わりなき旅の終わり さらば、遊牧夫婦

どちらもとてもおもしろいのでぜひ読んでみてほしい。

書評記事を書いています

せっかく読んだ本をインプットしておくだけでなく、アウトプットすることで、その本からなにを得て、なにを感じたかをまとめています。
話題の本、僕が興味のある本、オススメの良書を記事としてまとめていきます。

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